小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

エールリヒアとアナプラズマ感染症

Erlichiasis and anaplasmosis

病原体

 Anaplasmataceae科は、リケッチアに分類される。Anaplasma, Ehrlichia, Neorickettsia, “Candidatus Neoehrlichia”の4つの属がヒトに感染を起こすことが知られている。Anaplasmaの4種、Ehrlichiaの5種がヒトに感染することが分かっている。USで多く見られるのは、Ehrlichia chaffeensis, E. ewingii, E. muris eauclairensis, Anaplasma phagocytophilumである。EhrlichiaとAnaplasmaは、小型(0.5−1.5μm)のグラム陰性球菌である。菌体は、細胞内に寄生し、増殖する。小胞の中で増殖した菌体のコロニーはmorulaeという顆粒状に見える。種によりmorulaeの数・大きさ・形が異なる。
 
 
地理的分布
標的となる細胞
Ehrlichia chaffeensis
北米(南米、アフリカ、アジアの一部)
単球、マクロファージ
Ehrlichia ewingii
北米(アフリカ、アジアの一部)
顆粒球
Ehrlichia muris muris
アジア
不明
Ehrlichia muris eauclairensis
不明
Ehrlichia canis
全世界(ヒトへの感染はベネズエラのみ)
単球、マクロファージ
Ehrlichia ruminantium
アフリカ、北米(Panola Mountain)
内皮細胞
Anaplasma phgocytophilum
全世界
顆粒球
Anaplasma platys
全世界(ヒトへの感染はベネズエラとUS)
血小板
Anaplasma ovis
ヨーロッパ、アジア、アフリカ、北米(ヒトへの感染はキプロスとイラン)
赤血球
Anaplasma capra
中国
不明
Neorickettsia sennetsu
東南アジア
単球、マクロファージ
Candidatus Neoerlichia mikurensis
ヨーロッパ、アジア、アフリカ
内皮細胞
 
 
疫学
 Anaplasmataceaeの生態は、野生動物や家畜と中で維持され、ヒトへは主にダニ(Acari: Ixodidae)が媒介して感染する。
 全ての年齢のヒトに感染しうるが、高齢者に感染例が多い。半分の症例は入院し、ときに重篤化する。小児では、Ehrlichia chaffeensisの報告が最も多い。死亡率が高いのは5歳未満と70歳以上である。Anaplasmataceae感染症は世界中で見られるが、特定の地域には特定の種が多いなど地域差がある。A. phagocytophilumは多くの国で見られるが、E. chaffeensisは、主にUSで見られる。Neorickettsia sennetsuは、東南アジアで見られ、ラオスで増加している。エールリヒア感染症は、米国では増加傾向である。2008−12年に4613例が報告されている。頻度は100万人・年あたり、3.2例である。死亡率は1%であった。地域は、南東部から中南部で、ニュージャージー州インディアナ州が多い。アナプラズマ病も増加傾向で、2008−2012年に、米国でA. phagocytophilum感染症は、8896例が報告されている。頻度は100万人・年あたり、6.3例である。死亡率は0.6%であった。ミネソタ州ウィスコンシン州が多い。
 エールリヒア感染症とアナプラズマ病には、共通した疫学的特徴がある。ほとんどの症例が成人で男性が多く、5月から8月が発症のピークである。人種ではアメリカインディアンが多い。
 E. chaffeensisとE. ewingiiを媒介するダニはlone star tick (Amblyomma americanumm)で、テキサスやオクラホマからニューイングランドまで広い範囲に分布する。アナプラズマ病を媒介するダニは、backlogged tick (Ixodes scapularis)でBorrelia burgdorferiを媒介するダニと同じである。USの西部ではIxodes pacificusがアナプラズマ病を媒介する。
 Ixodesが媒介する疾患は、他にも、Babesia spp., flavivirus, B. burgdorferiなどがある。
 

臨床症状

 小児も成人も、発熱、倦怠感、頭痛、筋肉痛などを主訴に受診することが多い。検査では、白血球減少、血小板減少、トランスアミナーゼ上昇が見られる。初期には、他の疾患との区別がつきにくい。疫学的な知識と、旅行歴などが必要である。アウトドア活動などがリスクとなる。
 潜伏期間は5−21日間である。55−85%の患者がダニ刺傷の病歴がある。病歴聴取が重要である。食思不振、嘔気・嘔吐、肝脾腫などの症状も見られることがある。E. chaffeensis感染では、成人の25%で皮疹を認め、小児では66%に皮疹を認める。A. phagocytophilum感染症では皮疹は10%以下の症例にしか認めない。皮疹は、体幹部が中心で、手掌と足底には見られない。macular, papular, maculopapularなどの形態をとり、紫斑になることもある。
 腹部症状(嘔気・嘔吐・食欲低下・下痢)は、小児のエールリヒア感染症では60%と高率に認める。頭痛は非常によく認めるが、E. chaffeensis感染症では、頻繁に脳炎髄膜炎が報告されている。重症例では、神経学的後遺症を残す。
 エールリヒア感染症では、呼吸器症状を呈することもあり、人工呼吸器による管理が必要なこともある。
 

検査所見と診断

 全ての年齢層の患者で、WBC減少、Plt減少、トランスアミナーゼ上昇が、特徴的である。リンパ球減少も認められる。アルカリホスファターゼはあまり上昇しない。軽度の低ナトリウム血症を認めることも多い。エールリヒア感染症では、髄液細胞数の上昇や髄液蛋白の上昇を認める。
 診断は、抗体検査、PCR検査(血液と髄液)、組織検体を使用して免疫学的な手法、臨床検体からの菌体の分離がある。
 E. chaffeensisとA. phagocytophilumのIgMとIgG検査がある。初期には陰性のこともある。ペア血清で4倍以上の上昇を確認する。
 末梢血・髄液・骨髄をGimza染色して、白血球内のmorulaeを同定する方法は、診断に有用である。アナプラズマ病の25−75%、エールリヒア感染症の25%の症例でmorulaeを確認できる。 
 分子生物学的手法により、検出率が向上し、病原体の特定が可能になった。急性期の全血検体からPCRを実施するが、発症後0−4日目が最も検出感度が高い。ドキシサイクリン開始後24−48時間で、検出率は低下する。

f:id:PedsID:20200520181343p:plain

(ID Cases. 2019;15:e00506.)
 

治療 

 全ての年齢において、ドキシサイクリンの使用が推奨される。小児では2.2mg/kgを12時間おきに投与する。成人では100mgを12時間おきに投与する。治療期間は7−14日間であるが、最低でも解熱後3日間は継続する。