小児感染症科医のお勉強ノート

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ブルセラ症についてのまとめ (NEJM)

ブルセラ症の要点>
・中東やメキシコなどに多い人畜共通感染症
未滅菌の乳製品・動物との接触(胎盤など)・エアロゾル吸入が感染経路
・4種類のBrucellaがヒトに感染性を持つが、B. melitensisとB. abortusが有名
発熱・肝脾腫・リンパ節腫脹などが見られ、代表的な合併症は、脊椎炎・関節炎・神経ブルセラ症・感染性心内膜炎である。悪臭のある発汗があるらしい。
・診断は、血液・骨髄液・生検検体の培養、血清凝集反応(民間検査会社で実施可能)
・治療の基本は、ドキシサイクリンとリファンピシン。病態により、アミノグリコシドなど3剤を併用する。ドキシサイクリンが使えない患者(8歳未満の小児と妊婦)では、ST合剤を使用する。
 
 
Brucellosis
 N Engl J Med. 2005; 352: 2325
 
はじめに
 ブルセラ症結核と同様に、細胞内に寄生する細菌によって引き起こされる慢性肉芽腫性感染症であり、抗生物質の併用長期療法が必要である。この疾患は、疾病負荷が大きく、開発途上国の畜産業の生産性を低下させる原因となっている。海外旅行が一般化した今日では、ブルセラ症は先進国では輸入感染症として重要になっている。
 ブルセラ症は何千年も前から存在していたことが分かっている。しかし、ほとんどの先進国で根絶できていない。米国では、ブルセラ症は社会経済的地位が低い人に多いことが示されている。ブルセラ症の根絶プログラムにより、発症率を低下させることには成功している。この疾患は、ヒスパニックに多く見られ、隣国メキシコからの未滅菌乳製品の不法輸入が関係していると考えられている。
 
微生物学的特徴
 ブルセラは、プロテオバクテリア(proteobacteria)α2亜分類に属している。この分類には、オクロバクターム(ochrobactrum)、リゾビウム(rhizobium)、ロドバクター(rhodobacter)、アグロバクテリウム(agrobacterium)、バルトネラ(bartonella)、リケッチア(rickettsia)が含まれる。古典的な病原体は6種類あり、そのうち4種類(B. melitensis, B. abortus, B. suis, B. canis)は人獣共通感染症として認められている。Brucella pinnipediaeとB. cetaceaeと呼ばれる2つの新しいブルセラが、最近、海洋宿主から分離された。
 表2には、ブルセラの種とバイオタイプの分類学的特徴がまとめられている。ブルセラは、B. melitensisと呼ばれる単特異的な属であり、他のすべての種は、87%以上の種間相同性を持つ亜種である。

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病原性の特徴
  ヒトで起きる一連の細菌との相互作用は、動物モデルで確認された病原性メカニズムとは異なる点が多い。この細菌は細胞外毒素やエンドトキシンなどの古典的な病原因子を持たず、リポ多糖類の病原性も典型的ではない。また、アポトーシス阻害を通じて宿主に侵入し、持続感染する特徴を持っている。
 ブルセラは粘膜に侵入し、その後、マクロファージが貪食する。貪食された菌体のうち、15~30%は、急速な酸化反応が起こるコンパートメントの中で生存している。この特異な酸性環境がどのようにして形成されるのかは完全に理解されていないが、抗菌薬が作用しにくい原因となり、in vitroとin vivoとの間の薬剤感受性が乖離する原因となる(図1)。
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ヒトにおける免疫応答
 ブルセラに対するヒトにおける免疫応答は、特徴的である。スムースリポ多糖は補体のalternative pathwayを活性化しない。ブルセラは、好中球の貪食作用に抵抗性がある。CD4+リンパ球はあまり関与せず、CD8などが増殖し、あるいはエフェクターとして機能する。γ/δCD4およびCD8リンパ球の増加は、Vγ9VδT細胞受容体と同様に、ブルセラ症に特徴的である。
 B. melitensisに対する Rev1ワクチンを接種したボランティアを用いた研究では、ブルセラ症に対する特異的な抗体の進化が明らかにされた。リポ多糖に対するIgMは感染後1週間で出現し、2週間目にはIgGが出現した。IgG/Mは4週目にピークを迎え、抗菌薬の使用によりIgG/Mの両方の力価が低下した。IgMの力価はIgGの力価よりも高いレベルで 6 ヶ月間以上持続した。IgAとIgGが6ヶ月間以上にわたって検出されることから、慢性疾患といえる。ブルセラ症における抗体反応は、診断的には有用であるが、全体的な宿主反応において役割は大きくない。
 IFN-γは、マクロファージを活性化して活性酸素を産生し、アポトーシスを誘導して細胞分化とサイトカイン産生を促進し、IgGをIgG2aに変換し、抗原提示分子の発現を増加させ、ブルセラに対する免疫の中心的な役割を果たしている。IFN-γの遺伝子多型(+874A対立遺伝子)によって強調される。847A対立遺伝子のホモ接合体である患者は、ブルセラ症結核に相対的に罹患しやすくなる可能性がある。
 ブルセラ症におけるTNF-αの役割は不明な点も多い。TNF-αの誘導は、マウスのブルセラ症モデルで確認されているが、ヒトにおけるTNF-α阻害は、感染における初期の重要なステップである。TNF-α阻害は、NK細胞の活性化および細胞毒性機能の低下にも関与している可能性がある。ある研究では、ブルセラ症患者では血清TNF-αレベルは検出感度以下で、IFN-γや他の炎症性マーカーの増加に伴って、血清濃度が直線的に増加したと報告されている。
 
臨床症状
 ブルセラのヒトへの感染は、未滅菌の乳製品の摂取、感染した動物との直接接触胎盤が皮膚や粘膜の破綻部への接触するなど)、および病原体を含むエアロゾル粒子の吸入によって起こる。ブルセラ症は、羊飼い、屠殺場の労働者、獣医師、酪農業界の専門家、および微生物学的研究室の人員における職業病である。地域社会でブルセラ症を予防するための重要な疫学的ステップの一つは、感染者の家族のスクリーニングである。
 未滅菌乳製品、特に生乳、ソフトチーズ、バター、アイスクリームは、最も一般的な感染経路である。ハードチーズ、ヨーグルトは、プロピオン酸発酵と乳酸発酵の両方が行われるため、危険性は低い。動物の筋肉組織における菌量は少ないが、加熱不足の肝臓や脾臓の摂取は、感染のリスクとなる。
 ブルセラ生物兵器として使用する想定で、空気感染の可能性が研究されてきた。実際、B. suisは米軍が生物学的兵器として考えた最初の病原体であり 、現在でもその範疇に入ると考えられている。最適な拡散状況下でブルセラエアロゾル化して放出すると、82,500 人のブルセラ症患者と 413 人の死亡者が発生すると推定されている。
 ヒトに感染し、局所の組織リンパ球に取り込まれたブルセラ菌は、リンパ節を介して循環に入り、網内系に寄生して全身に播種する。潜伏期間は通常2週間から4週間である。
 古典的には、ブルセラ症は急性、亜急性、慢性に分類されるが、主観的なものであり、臨床的な意義はあまりない。4 種類のブルセラ菌がヒトに病気を引き起こす可能性がある。B. melitensis、B. abortus、B. suis、B. canisである。大部分は B. melitensisが原因である。最近の研究では、B. melitensisとB. abortusに臨床的な違いは無いと報告されている。

 

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 ブルセラ症は、様々な徴候を示す疾患である。発熱は、ほぼ全例に認められる。菌血症では急激な発熱と悪寒戦慄を伴うこともある。再発例、症状が長期化する例もある。悪臭のある発汗は特徴的である。身体所見は一般に非特異的であるが、リンパ節腫脹、肝脾腫を認めることが多い。
 
 骨関節症状は、一般的にブルセラ症の最も一般的な合併症である。四肢末端の関節炎、仙腸関節炎、脊椎炎の3つの病型が存在する。四肢末端の関節炎は最もよく見られる。急性感染症では通常、膝、腰、足関節、手関節が侵され、通常は骨びらんを伴うことはない。人工関節も感染することがある。ブルセラ症は、反応性関節炎の原因となりうる。脊椎炎の診断は、特徴的なPons徴候(椎体前縁の段差状のびらん)が確認できるX線、またはシンチグラフィとMRIで行うことができる。骨関節症状は遺伝的素因と関連していることもあり、HLA-B39との関連が示唆されている。
 生殖器は、ブルセラ症の2番目に一般的な感染部位である。ブルセラ症は、男性では精巣上体炎を呈することがあり、しばしば他疾患との鑑別が困難である。妊娠中のブルセラ症は、自然流産のリスクが増大する。
 肝炎も一般的な症状であるが、通常は軽度のトランスアミナーゼ血症を呈すのみである。B. melitensis と B. abortusの症例では、肝生検標本に肉芽腫が認められることもある。
 5~7%の症例では中枢神経の合併症が認められ、しばしば予後に関わることがある。髄膜炎脳炎髄膜脳炎、頭蓋内血管疾患、脳膿瘍、脱髄症候群などが報告されている。
 心内膜炎は、ブルセラ症における死亡の主な原因である。心内膜炎は大動脈弁が多く、通常は緊急で弁置換術を要する。早期診断と治療とともに、長期にわたる保存的治療が必要となる。
 ブルセラ症の呼吸器合併症はまれである。呼吸器合併症を呈した症例のレビューでは、約16%の症例に大葉性肺炎や胸水を含む肺病変が認められたと報告されている。
 
検査
 血算は、軽度の白血球減少と相対的なリンパ球減少、軽度の貧血と血小板減少を特徴とする。汎血球減少症は複数の要因が関与し、脾機能亢進症と骨髄病変に起因する。まれに、著明な汎血球減少は、DIC、血球貪食症候群、免疫学的機序に起因することがある。
 
特別な状況
 再発率は約10%で、通常、感染後 1 年以内に再発する。再発例は、殆どが不適切な治療が原因であるが、感染期間が10日未満、男性、菌血症、血小板減少症などの初期感染の特徴と関連している。
 
 
診断
 ブルセラ症の決定的な診断法は、未だに無い。100年以上前にBruceによりブルセラ症の血清学的検査が開発されて以来,診断のための技術は開発が続いている。
 ブルセラ症の確定診断には、血液または組織検体からの菌の分離が必要である。培養陽性の頻度は15−70%である。血液培養の感度は、溶解遠心分離法により向上する可能性がある。ブルセラ菌は、小さなグラム陰性で、オキシダーゼ陽性、ウレアーゼ陽性の球桿菌で、細かい砂粒のような形をしている。種の同定は、特徴的な性質に基づいて行われる(表2)。骨髄液培養は、網内系でブルセラの菌量が高いため、ブルセラ菌の検出が容易であることから、診断のためのゴールドスタンダードと考えられている。
(37℃で最低21日間培養する)
 ブルセラ症を診断するための血清学的方法には、リポ多糖に対する抗体と、他の抗原に対する抗体の2つに大別される。Bruceによって開発された凝集検査は、ブルセラ症の最も一般的な診断ツールである。1:160以上の抗体価は、臨床症状が合致すれば診断できると考えられている。しかし、流行地域では、1:320の抗体価でも診断とすることで、より特異が向上するかもしれない。ペア血清による抗体価の変化も診断に用いることができる。凝集検査の欠点は、B. canisで陽性にならないこと、Francisella tularensis、Escherichia coli O116およびO157、Salmonella urbana、Yersinia enterocolitica O:9、Vibrio cholerae、Xanthomonas maltophiliaおよびAfipia clevelandensisとの交差反応、抗体陽転化が起こらない症例があることなどが挙げられる。抗体陽転化しない理由は、感染初期で検査を実施、阻害抗体、または「プロゾーン」現象(抗体の過剰または非特異的な血清因子による低希釈での凝集の阻害)に起因する可能性がある。新しいdipstick検査は、急性ブルセラ症における迅速で信頼性の高い代替手段である。凝集検査には、抗体価が長期間にわたって高値を維持する可能性があるため、患者のフォローアップには適していない。
 
ブルセラ凝集反応は保険適応で民間検査会社で実施可能)
 
 ELISA法は、通常、抗原として細胞質タンパク質を使用する。ELISAは IgG/M/Aを測定するため、臨床状況を解釈することができる。凝集法と比較し,感度と特異度が高い。IgGまたはIgAのみが陽性の無症候性者については、十分な研究がなされていない。
 特異的なポリメラーゼ連鎖反応(PCR)が開発されている。2つの主要な遺伝子配列が標的として使用されている。16S rRNA遺伝子配列とBCSP31遺伝子(B. abortusの外膜の免疫原性タンパク質をコード)であり、臨床現場で研究されている。16S rRNAをターゲットとした方が感度が優れている。リアルタイムPCRは、30分で結果が得られ、将来診断ツールとなる可能性が高い。ブルセラ症、Q 熱、ペスト、炭疽病を同時に診断できる特異的なマルチプレックス PCR などもある。
 
 
治療
 ブルセラ症の治療は、マクロファージに浸透し、細胞内で作用する抗生物質が必要である。単剤治療は再発率が高いため、一般的には併用治療が必要とされる。最適な治療期間、費用対効果の高い簡便な投与レジメン、薬物動態および薬力学、局所的な病原性因子への注意などの点を考慮しなければならない。ブルセラ症の耐性パターンや、抗菌薬の有効性をin vitroで評価することはできない。表4にブルセラ症の治療に使用されている各種抗菌薬をまとめた。 
 1986年、世界保健機関(WHO)は、ブルセラ症の治療に関するガイドラインを発行した。ドキシサイクリンを6週間投与し、ストレプトマイシンを2~3週間、リファンピンを6週間投与するという2つのレジメンを検討している。どちらの組み合わせも、世界的に頻用される治療法である。ストレプトマイシン投与は、入院が必要である。一方で、ブルセラ症が流行している地域でリファンピンを使用することは、結核も通常は流行しているため、リファンピンに対する耐性獲得が懸念される。
  ST合剤は多くの地域で使用される。通常は3剤併用で使用される。キノロンは代替薬である。シプロフロキサシンとオブロキサシンを組み合わせた様々な組み合わせが臨床的に試みられており、古典的なレジメンと同様の有効性が得られている。マクロライドは酸性環境で効果が減弱するため、ブルセラ症には有用ではない。
 ブルセラ症は殆どが標準的な治療法で十分に治療できる。神経ブルセラ症では、3剤併用レジメンの長期投与が行われている。脊椎炎に対しては、少なくとも3ヵ月の治療期間が提唱されているが、特定のレジメンが優れている証明されていない。

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 リファンピンは、妊娠中のブルセラ症の症例では、治療の主力となっている。小児のブルセラ症は、リファンピンとST合剤、アミノグリコシドの組み合わせで治療される。
 旧ソ連ではB. abortus 19株に由来するワクチンが使用されており、中国ではB. abortus 104M株が使用されている。将来のワクチンターゲットとしては、B. melitensis の rfbK 変異、膜外タンパク質、細胞質タンパク質 BP26 を使用する可能性がある。
 
Uptodateからの引用
小児の治療の一般的なアプローチ (著者らの治療法)
・8歳以上の小児 (脊椎炎・神経ブルセラ症・心内膜炎が除外されている)
 ・ドキシサイクリン6週間+リファンピン6週間
 ・ドキシサイクリン6週間+ストレプトマイシン2−3週間
 ・ドキシサイクリン6週間+ゲンタマイシン7−10日間
 
・8歳未満の小児 (脊椎炎・神経ブルセラ症・心内膜炎が除外されている)
 ・ST合剤6週間+リファンピン6週間
 
・脊椎炎
 (ストレプトマイシン2−3週間またはゲンタマイシン1−2週間)+ドキシサイクリン12週間以上+リファンピン12週間以上
 8歳未満ではドキシサイクリンをST合剤にする
 
 セフトリアキソン4−6週間+リファンピン12週間以上+ドキシサイクリン12週間以上
 (通常は4−6ヶ月)
 8歳未満ではドキシサイクリンをST合剤にする
 
・感染性心内膜炎
 ストレプトマイシンorゲンタマイシン1ヶ月+リファンピン12週間以上+ドキシサイクリン12週間以上
 8歳未満ではドキシサイクリンをST合剤にする
 
将来の見通し
 ブルセラ症の撲滅は、社会経済的・政治的状況に大きく左右される。本疾患の分子病態の理解、ワクチン、ポストゲノム解析の進歩は、新たな予防的介入につながる可能性がある。さらに、微生物が寄生する酸性の細胞内環境を変える新しい経路の発見は、アジュバント薬物療法に利用される可能性がある。
 
 
その他
 日本では、全数報告対象の4類感染症になる。